ダウン症の子育て 中学生から高校生へ

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  • 娘のこと

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ダウン症の娘を出産した時のこと

自分の年齢からして
子どもはすぐに欲しいと思ったが、
そんなにあっさり妊娠するとは思わなかった。

出産にむけて準備をし、
特に大きな問題もなく臨月に入った。

予定日一週間前になり、
破水したようなので病院へ行った。

でも、まだすぐには産まれないからと、
病院に一人残された。

夜中に恐ろしく痛くなってブザーをおしたら、
すでに産まれかけていて、
そのままあっさり産まれてしまった。

後で思えば、
娘を見た瞬間にすべてを理解したが、
心のどこかでそうでなければいい。
と願い続けていた自分がいたように思う。

看護婦さんの様子がおかしいのも感じた。

主人の様子もおかしかった。

3日、4日で退院させられるはずなのに、
一週間以上入院していた。

ふにゃふにゃして
扱いにくい赤ちゃんだったし、
力もなかった。

母乳をうまく吸えず、
吸おうとして頑張ったが、
大きくならなかった。

一か月健診の前日、
病院に呼ばれた。

主人は、
一か月の間、いろいろと調べていたようだが、
最後まで(小児科医に直接伝えられるまで)
私には一言も言わなかった。

二人で、小児科医に対面したとき、
はじめてダウン症だと告げられた。

もしかして・・・が、
やっぱり・・・になった。

もちろん、しばらくは泣いた。
頑張りながらも、つい涙がでた。

当時、主人が何も教えてくれなかったことに
腹がたった。

最近、ブログを書き始め、
父親の立場で書かれている
『ダウン症児が育ったブログ』
”生まれた時のこと”の記事を読んだ。

主人もきっとこんな感じだったんだろうなと思った。

主人は、
2年前に急性心筋梗塞で急死したので、
もう聞くすべはないのだが。

最後に娘のためにしたことが、
中学の普通級に在籍させること。
教育委員会の人を相手にそう主張した。

普通の子として育ててきた。
娘の力を信じている。
という持論。

本人がその場にいたいという限り
いさせる。という方針だった。

本当のところなにがいいのだろう?
と最近よく思うのだが、
これといった答えがないのも事実なんだろう。

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出産前、両親教室につきあってくれた主人。


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